「酒の升本」の源流 升本総本店公式ホームページ

史料展示室?にあったものなど

残念がら、当社関連の古い資料のほとんどは先の戦災にて消失してしまいました。

その中で、昭和末期の倉庫移転の際、取り壊した古い家屋敷・蔵などから出てきた史料などを、再開発によって建てられたビルの一室に「史料展示室」として展示してあったそうです。
現在はその展示室そのものも閉鎖されていますが、一部のものは関連会社の応接室等に飾られています。


 

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倉庫移転の際に取り壊された家屋敷から発見された「棟札」と呼ばれる木の板。
中央の「大日本家職祖神夭(天?)思兼尊」の右側には施主(升本喜兵衛)、左側には棟梁(軽部次郎吉)の名前が、下部には石工や鳶などのお名前も記されています。
裏側には明治27年11月8日と、上棟日と思われる日付が記されています。


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往時の酒造りの様子を描いた絵図(模写)。

同様の画題は各地で見られ、それぞれ発注者の依頼で、オリジナル部分が付け加えられているケースが多く見られます。
この絵図の場合は右下部分に見られる3つの積樽がそれで、上の白鷹の樽を、当社が商標を所有し販売していた升喜(左下)と揚升(右下)の樽が支えている形となっています。
明治期に描かれた絵図の写真をもとに戦災後に復元されたと伝えられていますが、オリジナルであるという指摘もあり、詳しいことは定かではありません(鑑定等の予定もありません)。


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「正宗」の商標看板

「正宗」と言えば、「元祖は櫻正宗さんだが、江戸期に正宗という銘が全国的に流行し一般名詞化したため、商標制度ができた明治期に正宗という銘では登録できなかった」という「お酒うんちく」がありますが、これもその一つ。

また、この看板は、もう一つの「お酒うんちく」である、「江戸期以降、江戸(東京)の問屋は、灘の蔵元と対になった関係で、特定の問屋のみが扱う『一手捌き』や、その問屋の持つ商標で蔵元に酒造りを依頼する(一種のPB)という慣習があった」の表れで、造りは右側の、灘の御影郷「新居嘉右衛門」、捌きが左側の「升本喜兵衛」となっている。

この「新居嘉右衛門」については、神戸大の新聞記事DBに、「白鹿」辰馬さんなどと並んで、御影「笹正宗」新居嘉右衛門、という記述がみられる。また、関連した記事を掲載した当社非公式ブログに対し、後裔の方から、新居嘉右衛門はのちの福徳長で、戦前までは「福徳長」と「笹正宗」の二銘柄があり、戦後再スタートするときに「福徳長」のほうがよいと「笹正宗」をやめたという情報を頂いている。

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